この記事の位置づけ

名古屋スタディだけでHPVワクチンの安全性全体を判定するものではありません。安全性評価には、無作為化比較試験、医療データベース研究、レジストリ研究、自己対照研究、薬剤安全性監視など、異なる研究デザインの結果を統合する必要があります。

SUMMARY

「関連あり・なし」の二択では読めない

2018・2019・2024・2025年の解析は、2015年の同じ自己記入式アンケートを基礎にしています。2026年論文は、2019年のStudy Periodを方法論的事例として検討したもので、新しい対象者を追跡した安全性研究ではありません。

2018年主解析では、24症状の発生に一貫した増加を認めませんでした。一方、一部症状の医療機関受診などには差がありました。

2019年と2025年は、別の解析方法から安全性シグナルを提起しました。いずれも因果関係を証明した研究ではありません。

2024年と2026年は、解析を左右するバイアスや共変数を検討しました。観察研究ではモデルの前提が推定値を大きく動かし得ることを示すケースです。

01

出発点は、2015年の名古屋市アンケート

名古屋市は、1994年4月2日から2001年4月1日までに生まれた市内在住女性71,177人を対象に郵送調査を行いました。接種歴、接種時期、24種類の症状、発症時期、受診、持続、学校生活への影響などを、本人または保護者等が回答しました。2018年論文の解析対象は29,846人で、回答率は約43%でした。[1]

研究の性質

医師が診断した疾患を前向きに追跡した研究ではなく、過去の接種歴と症状発症時期を遡って尋ねた、回顧的な自己記入式質問紙調査です。

全再解析に共通する限界

想起バイアス、非回答バイアス、接種・発症時期の誤分類、未測定交絡、多重比較の影響を受け得ます。

02 / 2018

最初の主解析:24症状の発生増加は認めなかった

SuzukiとHosonoは、接種者と非接種者の年齢構成が異なることを考慮し、年齢調整オッズ比を用いて24症状の発生を比較しました。接種者で有意に増えた症状はなく、多数の症状が一人に集積する傾向も確認されませんでした。[1]

「すべて同じだった」わけではない

症状を理由とする医療機関受診では、月経量異常1.43(95%信頼区間1.13~1.82)、月経不順1.29(1.12~1.49)、強い頭痛1.19(1.02~1.39)の年齢調整オッズ比が報告されました。持続する月経量異常も1.41(1.11~1.79)でした。多数の症状・アウトカムを比較した中の個別結果であることにも注意が必要です。正確な要約は「中心となる症状発生の解析に一貫した増加を認めなかった。一部症状に関する受診や、持続する月経量異常では差があった」です。

示したこと

調査した24症状が、接種者で全体として一貫して増えるパターンは示されませんでした。

示していないこと

あらゆる有害事象が否定された、個別症例の因果関係が否定された、ワクチンの安全性が完全に証明された、とは言えません。

03 / 2019

再解析:Study Periodを加えると一部の推定値が動いた

YajuとTsubakiは同じ公開データを再解析しました。接種率と症状が年齢で異なること、症状を経験し得る期間が群間で違う可能性などを問題にし、観察期間を表すStudy Period(SP)を共変数に加えたモデルなどを検討しました。[2]

一部の年齢層・モデルで、記憶障害、計算困難、不随意運動などとの関連を示唆する推定値が報告されました。著者らは関連の可能性を述べる一方、より包括的で大規模な研究が必要としました。

新しく起きたこと

新しい症例が発見されたのではなく、同じ回答データに対するモデルの設定が変わりました。

結論の範囲

安全性シグナルを提起する再解析であり、ワクチンが症状を起こしたことを証明するものではありません。

04

結果を変えたのは、比較の設計と変数の定義

2018年は主に年齢を調整し、2019年は年齢層別解析やSPを含むモデルを使いました。同じデータでも、回帰モデルへ何を入れるかによって推定値は変わります。

2019年には主解析著者からのLetterと再解析著者からのResponseが掲載されました。論点は年齢調整、SPの妥当性、接種時期と症状発症時期、healthy vaccinee bias、観察期間の扱いです。[3,4]

この論争が問うのは「安全か危険か」だけではありません。「このデータから因果効果を推定できる比較は何か」という方法論の問題です。

05 / 2024

健康な人ほど接種を受けやすいことによる偏りを検討した

Suzukiは、14歳で初回接種した3,246人と非接種者3,961人について、全員がまだ未接種だった13歳時点の症状を比較しました。将来接種する人がもともと健康なら、接種前から症状が少ないはずだ、という発想です。[5]

非接種者で有意に多かったのは、ひどい頭痛、過呼吸、身体がだるい、急な視力低下の4項目でしたが、出生年度をまたぐ一貫した差ではありませんでした。著者は、この解析が扱えた13歳時点の自己申告症状の範囲では、healthy vaccinee biasによるオッズ比の過小評価は限定的と結論しました。

この解析が検討した範囲

13歳時点に質問紙で測定できた症状に関する、接種前の群間差です。

残る限界

健康状態、受療行動、家庭背景など、あらゆる未測定交絡を否定したわけではありません。

06 / 2025

接種前後を比べる探索的解析が、シグナルを提起した

Suzumuraは、症状が接種の前か後かを表す月数差としてMDifを定義し、接種前と接種後の症状数を比較しました。回答者30,793人のうち接種者は20,912人でした。接種・発症時期を特定でき、論文の条件を満たした回答を症状別に解析したところ、未補正解析では24症状中22症状、Bonferroni補正後は21症状で、接種後の件数が接種前より多いと報告しました。[6]

論文タイトルでは「serious adverse events」と表現されていますが、解析対象は診療録に基づいて医師が重篤性を判定した有害事象ではなく、質問紙で報告された症状です。

研究の位置づけ

著者自身が結論的証拠ではなく、安全性シグナルを検出するための探索的解析と位置づけています。

重要な限界

非接種対照がなく、接種前後で症状を観察できる期間や年齢が同じとは限りません。自己申告、想起、非回答、季節性、多重比較の影響も残ります。

件数の比較だけでは発生率の比較になりません。「接種後の件数が多い」という時間的順序だけで因果関係を確定せず、症状を観察できる期間が比較可能か、年齢による症状変化がないかを併せて検討する必要があります。

07 / 2026

Study Periodそのものを、情報バイアスの観点から検討した

Suzukiの2026年論文は、新たな対象者を追跡した安全性研究ではありません。分析疫学の情報バイアスを解説し、2019年解析で使われたSPを実例として検討した方法論的論文です。[7]

非接種群のSPは12歳から調査時までを基本にする一方、接種群では初回接種より前の期間を差し引くため、同じ年齢でも短くなります。論文は、群によって異なる誤分類(差異的誤分類)を含む共変数で調整すると、オッズ比に系統的な歪みが生じ得ることをシミュレーションで示しました。

この研究が問うたこと

2019年に一部症状のオッズ比が上昇したモデルで、SPという共変数を使うことが妥当だったか。

この研究が新たに測っていないこと

2026年時点の症状発生率や、9価ワクチン接種後の安全性を新たに追跡したものではありません。

08

5つの報告は、同じ問いに同じ方法で答えたわけではない

原著・再解析・方法論的検討が含まれます。2025年は接種前後を比べる別系統の探索的解析です。2026年論文が直接検討したのは、2019年解析のSPです。

表は横にスクロールして確認できます。

主な問い方法主な結果読み方の注意
2018接種者で24症状が多いか接種群対非接種群、年齢調整症状発生の増加なし。一部受診で差自己申告、回答率、交絡
2019年齢・観察期間の扱いを変えるとどうなるか年齢層別、SPを含むモデル一部症状で関連を示唆モデル依存性、SPの定義
2024healthy vaccinee biasはあるか将来接種群と非接種群の13歳時症状を比較大きな影響を支持せず測定済み症状に限る
2025接種前より接種後に症状が多いかMDifによる接種前後比較未補正で22症状、補正後21症状で接種後の件数が多い症状別に除外あり、非接種対照なし、観察期間
2026SPは適切な共変数か情報バイアス検討とシミュレーションSP調整が推定を歪め得る新規安全性追跡ではない

09

名古屋スタディから言えること、言えないこと

言えること

2018年主解析では、調査した24症状が接種者で一貫して増える結果は得られませんでした。

2019年と2025年には、異なる解析方法から一部症状との関連を示唆する結果が報告されました。ただし、推定は解析方法に依存します。2019年解析で用いられたSPについては、2026年論文が情報バイアスの可能性を指摘しました。

2018年の低いオッズ比を説明し得るhealthy vaccinee biasは、2024年解析が扱えた症状の範囲では、大きく影響したことを支持する結果ではありませんでした。

言えないこと

「名古屋スタディで安全性が完全に証明された」とも、「再解析で神経症状の因果関係が証明された」とも言えません。質問紙、回顧的な発症時期、約43%の回答率、未測定交絡、多重比較という限界を共有しています。対象は主に2価・4価の接種で、現在の9価ワクチンを直接評価した調査でもありません。

TAKE HOME

見るべきは、オッズ比の数字だけではない

名古屋スタディをめぐる解析史は、同じデータでも、時間の始点、比較群、調整変数の定義によって推定値が動き得ることを示しています。安全性の判断では、国内外の異なる研究デザインと薬剤安全性監視の結果を統合します。

誰と誰を比較したのか。症状が起こり得る時間は公平か。何を調整したのか。その変数は両群で同じ意味を持つのか。ここまで確かめて、初めて「関連あり」「関連なし」の意味を評価できます。

TRANSPARENCY

利益相反と論争の経緯を分けて扱う

論文間では方法論への批判、Letter、Responseを含む論争があります。本稿は研究者個人の意図を評価せず、公開された方法・結果・限界を比較しました。

原文の開示欄で確認できた範囲では、2019年論文は利益相反なし、2025年論文は資金提供なし・関連する金銭的およびその他の関係なしと申告しています。その他の報告についても、資金源や利益相反の記載を含む原文を確認して読む必要があります。

REFERENCES

主な出典

URL・公開状況の確認日:2026-08-21

  1. Suzuki S, Hosono A. No association between HPV vaccine and reported post-vaccination symptoms in Japanese young women: Results of the Nagoya study. Papillomavirus Res. 2018;5:96-103. PMID: 29481964. PubMed ↗
  2. Yaju Y, Tsubaki H. Safety concerns with human papilloma virus immunization in Japan. Jpn J Nurs Sci. 2019;16:433-449. PMID: 30693675. PubMed ↗
  3. Suzuki S. Letter to the editor: Safety concerns with human papilloma virus immunization in Japan. Jpn J Nurs Sci. 2019. DOI ↗
  4. Yaju Y, Tsubaki H. Authors' response to letter to the editor. Jpn J Nurs Sci. 2019. DOI ↗
  5. 鈴木貞夫. HPVワクチンの接種後症状についての大規模疫学調査(名古屋スタディ)と健康者接種バイアス. 日本公衆衛生雑誌. 2024;71:667-672. PMID: 39284722. J-STAGE ↗
  6. Suzumura Y. A Reassessment of Serious Adverse Events After Human Papillomavirus Vaccination in the Nagoya Survey in Japan by Using Incidentality Analysis. Cureus. 2025;17:e89441. PMC ↗
  7. 鈴木貞夫. 情報バイアスの定義,考え方と実例. 日本公衆衛生雑誌. 2026;73(6):567-573. PMID: 41780971. J-STAGE ↗

更新履歴

初版。2015年調査、2018・2019・2024・2025・2026年論文、LetterとResponseを確認。