この記事の位置づけ
症状を訴える人の経験を否定することと、ワクチンとの因果関係を慎重に評価することは別です。本稿は概念と安全性評価を整理するもので、個別患者の診断や治療方針を示すものではありません。
SUMMARY
「接種後に起きた」と「接種が原因」は分けて考える
CRPSとPOTSは、それぞれ診断基準をもつ症候群です。接種後の報告を契機に検討されましたが、EMAとWHOの評価は、HPVワクチンとの因果関係を支持していません。[1,2]
ISRRは病名ではありません。予防接種という状況に伴うストレスに関連した反応を、予防・認識・対応するための枠組みです。HPVワクチンだけに使う概念でもありません。[3]
「接種後の多様な症状」は、一つの診断名ではありません。日本で接種後に報告された知覚、運動、自律神経、認知機能などの症状をまとめた記述的な呼び方です。[4]
WHO GACVSは、CRPS・POTSをISRRに含めていません。「接種後の多様な症状=CRPS=POTS=ISRR」という置き換えはできません。[5]
01
4つの用語は、役割が違う
表は横にスクロールして確認できます。
| 用語 | 概念の種類 | 意味 | HPVワクチンとの関係 |
|---|---|---|---|
| CRPS | 疾患・疼痛症候群 | 持続性の局所疼痛と、感覚・血管運動・発汗/浮腫・運動/栄養性変化などを評価する | 接種後の症例報告を受けて検討された。因果関係を支持するエビデンスは確認されていない |
| POTS | 自律神経系の臨床症候群 | 起立不耐症状と、起立時の持続的な過度の心拍数増加などを診断基準に沿って評価する | 同様に関連が検討された。因果関係を支持するエビデンスは確認されていない |
| ISRR | 反応を整理する枠組み | 予防接種の前後に生じるストレス関連反応を、生物・心理・社会的モデルで捉える | HPVワクチン固有ではない。急性ストレス反応、血管迷走神経反応、解離性神経症状反応などを含む |
| 接種後の多様な症状 | 症状群の記述的な呼び方 | 日本で接種後に報告された、知覚・運動・自律神経・認知機能などの症状をまとめて示す | それ自体は一つの診断名ではない。個別に病態と原因を評価する |
02
時間的関連は、因果関係の出発点であって結論ではない
予防接種後有害事象(AEFI)は、接種後に起きた好ましくない医学的事象を広く拾う概念です。因果関係が確認された事象だけを指す言葉ではありません。因果関係の評価には、個別症例の時間経過や代替原因に加え、非接種者との比較、背景発生率、再現性、生物学的妥当性などが必要です。[6]
「因果関係が証明されていない」から、症状そのものが存在しなかったと扱うこと。
反対方向の誤り「接種後に症状が現れた」ことだけで、ワクチンが原因だと確定すること。
03
「接種後の多様な症状」は、診断名ではない
厚生労働省は、HPVワクチン接種後に報告された症状を、知覚に関する症状、運動に関する症状、自律神経等に関する症状、認知機能に関する症状などに整理しています。広い範囲の痛み、しびれ、脱力、歩行困難、不随意運動、倦怠感、めまい、睡眠障害、記憶・集中に関する訴えなどが含まれます。[4]
これは報告された症状を扱うための表現であり、単一の病態や共通の原因を前提にした名称ではありません。厚生労働省は、接種歴のない人にも同様の症状を有する人が一定数存在したこと、接種との因果関係があるとは証明されていないことを説明しています。
「多様な症状」というラベルで診断を終えず、経過、診察所見、検査、既往、併存症、生活への影響を確認し、個別に評価します。
支援で必要なこと原因の結論が出ていなくても、痛みや生活上の困難に対する診療・支援は必要です。
04
CRPSは、症状と徴候を診断基準で評価する疼痛症候群
複合性局所疼痛症候群(CRPS)は、先行する出来事から通常予想される程度を超える持続性疼痛を中心に、感覚、血管運動、発汗・浮腫、運動・栄養性変化の症状と徴候をBudapest基準などで評価します。単に「接種後に腕が痛い」こととCRPSの診断は同じではありません。[7]
EMAは2015年、HPVワクチン接種後のCRPSとPOTSを詳細にレビューしました。報告は対象年齢層で予想される発生と整合し、接種者で一般集団の予想以上に発生することや、ワクチンが原因となることを支持するエビデンスはないと結論しました。[1]
05
POTSは、起立時の症状と循環動態を組み合わせて診断する
体位性頻脈症候群(POTS)は、立位で生じるめまい、動悸、ふらつき、全身倦怠感などと、起立後10分以内の持続的な心拍数増加を組み合わせて評価します。12~19歳では40回/分以上の増加が基準の一つですが、起立性低血圧がないこと、症状が持続していること、他の原因で説明できないことも必要です。心拍数だけで診断するものではありません。[8]
EMAとWHO GACVSは、利用可能な症例報告や疫学データを検討し、HPVワクチンがPOTSを引き起こすという因果関係を支持するエビデンスは確認されないとしています。[1,2]
06
ISRRは「思い込み」ではなく、適切な予防と対応を考える枠組み
予防接種ストレス関連反応(ISRR)は、予防接種という状況に関連して起きるストレス反応の全体を指す概念です。WHOは、急性ストレス反応、血管迷走神経反応、解離性神経症状反応などを、生物・心理・社会的モデルで整理しています。反応は接種前、接種時、接種直後に現れる場合があり、集団で生じることもあります。[3]
ISRRという説明は、症状が「本人の気のせい」という意味ではありません。失神時の転倒予防、安心できる接種環境、適切な説明、早期の認識と対応を考えるための枠組みです。またWHO GACVSは、POTS、CRPS、慢性疲労症候群をISRRの範囲に含めないと明記しています。[5]
07
診療では、ラベルを急がず、症状と生活への影響をみる
- 01症状を確認する本人の訴え、発症時期、経過、生活への影響
- 02診断を検討する診察・検査・診断基準・鑑別疾患
- 03因果関係を分けて考える時間的関連だけで決めない
- 04必要な支援へつなぐ原因が未確定でも症状と困難に対応する
接種後に気になる症状が現れた場合、厚生労働省は、まず接種医やかかりつけ医へ相談するよう案内しています。都道府県ごとに協力医療機関も設けられています。診断名や因果関係を一度の診察で決めることより、必要な診療を継続し、学校生活を含む困難を支えることが重要です。[4]
TAKE HOME
症状の存在を認めることと、原因を慎重に評価することは両立する
CRPS、POTS、ISRR、「接種後の多様な症状」は置き換えられる言葉ではありません。診断名、反応の枠組み、症状群の記述を区別すると、何が観察され、何が診断され、何について因果関係が検討されたのかが見えやすくなります。
「接種後に起きた」「診断基準を満たした」「ワクチンが原因である」は、それぞれ別の主張です。一方、因果関係が未確定であることを理由に、症状や生活上の困難を軽視してはいけません。
REFERENCES
主な出典
URL・公開状況の確認日:2026-08-21
- European Medicines Agency. Human papillomavirus vaccines: review concludes evidence does not support that HPV vaccines cause CRPS or POTS. 2015. EMA ↗
- WHO Global Advisory Committee on Vaccine Safety. Human papillomavirus vaccines: safety. WHO ↗
- World Health Organization. Immunization stress-related response: a manual for program managers and health professionals. 2019. WHO ↗
- 厚生労働省. HPVワクチンに関するQ&A(問2-16、問2-17). 厚生労働省 ↗
- WHO Global Advisory Committee on Vaccine Safety. Immunization stress-related responses. 2019. WHO ↗
- World Health Organization. Causality assessment of an adverse event following immunization. 2nd ed., 2019 update. WHO ↗
- International Association for the Study of Pain. IASP accepted criteria for CRPS: Budapest Criteria. IASP ↗
- Sheldon RS, et al. 2015 Heart Rhythm Society Expert Consensus Statement on the Diagnosis and Treatment of POTS, IST, and Vasovagal Syncope. Heart Rhythm. 2015;12:e41-e63. PMC ↗
- 厚生労働行政推進調査事業. 新・HPVワクチン接種後に生じた症状に関する診療マニュアル 2025年度版. 厚生労働省掲載PDF ↗
更新履歴
初版。厚生労働省、WHO、EMA、IASP、診断コンセンサスを確認。